先日取材を受けました記事が毎日新聞 医療プレミアに掲載されました。
是非お読みいただきたいと思います。
中高年の2人に1人が発症する「変形性膝関節症」
52歳の主婦、文子さん(仮名)は、1カ月くらい前から膝が強く痛み、愛犬の散歩ができなくなった。安静にしていれば問題ないが、歩き始めやしゃがんで立ち上がるときに膝に激痛が走る。膝に水がたまり腫れて痛いので、近所の整形外科を受診したところ、変形性膝関節症と診断された。
軟骨がすり減り半月板が損傷して変形が進行
「変形性膝関節症は、膝の軟骨がすり減ったり、内側半月板の後ろに位置する後根が切れたりして少しずつ膝がO脚に変形し、強い痛みが出る病気です。進行すると、膝の軟骨を支えている骨である軟骨下骨も削れてしまい、歩けなくなります。膝の慢性的な痛みの原因で最も多いのが、この病気です」
そう説明するのは、膝の専門医らによる日本Knee Osteotomy and Joint Preservation (ニー・オステオトミー・アンド・ジョイント・プリザーベーション)研究会会長を務めるさいわい鶴見病院(横浜市鶴見区)の竹内良平・関節センター長だ。
膝は人体の中で最も大きい関節だ。膝関節内にある大腿(だいたい)骨と脛骨(けいこつ)の表面は、クッションのような役割を果たす軟骨で覆われている。その間にある半月板と呼ばれる軟らかい組織が二つの骨の軟骨への衝撃を吸収している。普段はあまり意識しないが、大腿骨と脛骨の間に軟骨と半月板があることで、膝をスムーズに動かせる。
「変形性膝関節症で強い痛みが生じるのは、膝関節を包む関節包という膜の内側を構成する滑膜に炎症が起こるからです。加齢などですり減った軟骨や、損傷した半月板のかけらが関節を覆っている滑膜に集まると、それらを異物だと認識してサイトカインと呼ばれる攻撃性の高い化学物質を出して炎症が生じるのです」と竹内さん。
初期には半月板が切れたり軟骨がすり減ったりして関節の隙間(すきま)が狭くなる。中期には、さらに隙間が狭くなり、膝の骨のずれを減らすために、関節の縁から骨棘が形成される。進行期になると軟骨がなくなり骨が直接当たるために激しい痛みを生じる
2005年から40歳以上の日本人を対象に膝の状態をレントゲンで調べた東京大学の研究グループ(吉村典子特任教授)の報告では、女性の61.5%、男性の42%、つまり中高年の2人に1人が変形性膝関節症と推計された。特に女性では閉経後に多いのが特徴だ。これは、女性ホルモンの減少が膝軟骨に何らかの影響を与えることや骨粗しょう症が多いことなどが関係しているとみられる。
「日本人は畳の上の生活が長かったせいか、O脚の人が多いことも、変形性膝関節症の患者数が多い要因の一つです。O脚の人は歩くときに膝の骨が外側にずれるため、膝の内側の軟骨、靱帯(じんたい)、半月板に負担がかかりやすくなります」と竹内さんは話す。
かけらが異物と認識され痛みが発生
膝に痛みがある人は、下記のセルフチェック表で該当する項目をチェックしてみよう。①~⑫のどれか一つでも当てはまったら、既に変形性膝関節症の恐れがある。⑬⑭のどちらか、あるいは両方に該当する人は、放っておくと変形性膝関節症に移行する。特発性膝関節骨壊死の疑いがあるという。
「特発性膝関節骨壊死は、膝をひねったり足を踏み外したりしたことをきっかけに、軟骨を支える骨が突然壊死してしまう病気です。軟骨の下の骨が壊死してしまうため、安静にしていても強い痛みを生じます。一方、①~⑥は変形性膝関節症の初期症状です。⑦~⑫に該当する場合には膝の変形がかなり進行している可能性があります。いずれにせよ膝の痛みがあったら、整骨院などへは行かず、できるだけ早く整形外科を受診しましょう。整骨院で痛みを一時的に紛らわすことができたとしても、根本的な治療はできませんから、かえって病状が進むこともあり得ます」と竹内さんはアドバイスする。
痛み軽減治療中に悪化するリスクも
変形性膝関節症の治療では、まずは痛みを軽減するために薬物療法が行われることが多い。使われる薬は、非ステロイド抗炎症薬の内服薬(NSAIDs)や外用薬、慢性的な痛みを軽減する医療用麻薬のトラマドール(商品名・トラマール他)、トラマドール・アセトアミノフェン配合薬(商品名・トラムセット他)などが中心だ。痛みを抑える効果がある抗うつ薬のSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が使われることもある。
また、多くの整形外科で実施しているのが膝の関節へのヒアルロン酸注射だ。文子さんも、膝にたまった水を抜き、膝の関節の中にヒアルロン酸を注射する治療を受けたことで痛みが軽減した。非ステロイド抗炎症薬も服用しているが、注射を打ってから数日たつとまた膝が痛くなるため、しばらくは1週間に1度整形外科へ通い、ヒアルロン酸注射を続けてみることにした。
「ヒアルロン酸注射には、軟骨の表面を一時的にコーティングすることで軟骨のすり減りを少なくして滑膜の炎症を抑える効果があります。しかし、根本的にすり減った軟骨を修復するわけではないので、ほとんどの患者さんの場合、一時しのぎの治療でしかありません。非ステロイド抗炎症薬などの痛み止めやヒアルロン酸注射で痛みを抑えているうちに、変形性膝関節症が進行してしまう恐れがあります。また、炎症を抑えるために膝にステロイド注射を打つ医師もいますが、軟骨を含む靱帯や半月板の変性や骨壊死を起こす恐れがあるので、できる限り受けないようにしてください」と竹内さんは語る。
これは、変形性膝関節症の前段階として起こる「半月板後根損傷」でも同様だ。半月板後根損傷は、加齢によって劣化した半月板が階段の上り下りやしゃがみこみ、犬の散歩など膝に大きな負担がかかると切れてしまう病態だ。O脚の人はこの半月板後根損傷も起こしやすい。
「半月板が切れたときには強い痛みが出て膝が腫れて水がたまるのですが、痛み止め薬やヒアルロン酸注射などでやり過ごしているうちに、6カ月くらいたつと炎症が治まって痛みがなくなり腫れも引いていきます。ただ、切れてしまった半月板は自然にくっつくことはないので、徐々に半月板がずれて膝が変形し、変形性膝関節症が進行していきます。半月板後根損傷が起きて強い痛みが出た時点で、膝の専門医を受診して適切な診断と治療を受けてください」と竹内さんは強調する。
科学的根拠乏しいサプリメントや保険診療外治療
膝の痛み緩和に対しては、サプリメントに関する宣伝が活発に行われている。「コンドロイチンやグルコサミンなどさまざまなサプリメントが出ていますが、きちんと効果が検証されているものはありません。本当に効果があるなら薬になっているはずです。宣伝やインターネット上の怪しい情報に振り回されないようにしましょう」と竹内さん。また、コラーゲンが豊富な食材などをとっても、それが直接膝へ行くわけではないことは知っておきたい。
膝の専門医がどこにいるか探すのは難しいが、日本Knee Osteotomy and Joint Preservation研究会のメンバーであれば、適切な治療をしてくれる可能性が高いという。同研究会は、膝関節温存・再生を目指した骨切り術(オステオトミー)などを含め、半月板、軟骨、靱帯等の適切な治療の普及と研究のために、竹内さんが立ち上げた研究会。同研究会では、近くホームページで会員のいる医療機関を公表する予定だ。
「膝関節の状態について適切な診断ができる医師かどうか見極めるポイントの一つは、膝の痛みを訴えて受診したときに立った状態でレントゲン撮影をするかどうかです。また、MRI(磁気共鳴画像化装置)での検査を受ければ、さらに多くの情報が得られ適切な診断ができます。実際に患者さんの膝を触って状態を確かめ、複数の治療選択肢を提示してくれるかどうかも重要なポイントです」と竹内さんは話す。
変形性膝関節症に対しては、保険診療外の自由診療でPRP(多血小板血漿=けっしょう)療法と呼ばれる再生医療が注目されている。そういった治療はどうなのだろうか。
「患者さん自身の血小板を抽出して遠心分離機で濃縮し、患部に注入するのがPRP療法です。血小板には傷んだ組織の修復を促す成長因子が含まれることから、PRP療法によって、軟骨組織の合成や軟骨細胞の増殖が期待できるなどと宣伝している医療機関は多いのですが、今のところ科学的根拠が乏しい治療です。他にも脂肪幹細胞移植など高額な再生医療が、美容クリニックなどで実施されていますが、残念ながら、現時点で膝の軟骨や半月板を再生できる方法はありません。高額な治療を自費で受けているうちに病状が進行してしまう患者さんが後を絶たないので注意しましょう」と竹内さんは強調し、こう続ける。「変形性膝関節症になっても、運動療法と早い段階で骨切り術などの手術を受けることで、膝が温存でき痛みも軽減します。5月に日本整形外科学会監修の『変形性膝関節症診療ガイドライン2023年版』が刊行される予定です。詳しく専門的な内容まで知りたい方はぜひ一読してください」
次回は、変形性膝関節症の運動療法について取り上げる。